窒素同化能力に関する代謝工学
窒素は植物の生育に必要不可欠な多量必須元素であり、様々な生体物質(例えば、アミノ酸、タンパク質、核酸、クロロフィルなど)が窒素原子を含んでいます。植物は土壌中の硝酸イオンやアンモニウムイオンなどの無機態窒素を吸収して同化し、成長に必要な窒素を含む生体物質をすべて生合成しています。無機態窒素の同化量は植物の成長や作物の収量に大きく影響するため、近代農業では窒素肥料を大量に施肥することにより高い収量を得ています。しかしながら、一方で、高い収量を得るために必要な窒素肥料は環境汚染源の1つとなっています。水田や畑に施肥された窒素肥料の約半分は地下水、川、湖や海に流れ出すとされており、水環境の富栄養化をもたらす大きな要因となっています。また、酸性雨の原因の一つとも考えられています。窒素利用効率が高く、少ない窒素肥料で十分な収量を与える作物の創出は、環境に優しい持続的農業と貧栄養環境での農業という2つの側面から重要であると考えられ、植物の窒素同化能の強化を目指した多くの研究がなされてきましたが十分な成功には至っていませんでした。
私たちは、植物は土壌中の無機態窒素と光合成回路から供給される炭素骨格(2-オキソグルタル酸)を用いて窒素同化を行うことに着目し、炭素骨格の供給量を増やすことによって窒素同化能を高められることができるか検討しました。炭素骨格である2-オキソグルタル酸は光合成産物から多くの酵素によって触媒される多段階の反応を経て生合成されるため、1つの遺伝子の導入によって1つの酵素活性を強化したとしても2-オキソグルタル酸の生成量が有意に変動するかは疑問があります。そこで、炭素骨格生合成経路に関わる多くの酵素遺伝子を同時に促進する転写因子Dof1を導入し、その効果を調べた結果、Dof1遺伝子の導入は窒素同化能力の強化に非常に有効であることが判明しました。さらに、Dof1形質転換体は、高い窒素利用効率に基づき、低窒素条件下での生育が改善することもわかりました(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 7833-7838, 2004)。この植物転写因子を用いた代謝工学的手法による窒素同化能力の強化の成功は、PNASがニュース配信を行ったのみならず、Scienceがオンラインニュースで取り上げ、また、Scientific Americanや仏国ルモンド紙など、米国、フランス、ドイツ、スペイン、オーストラリア、ブラジル、中国、韓国のメディアによって報道されました。さまざまな植物種でのDof1遺伝子の効果を検討するとともに新たな窒素利用効率強化遺伝子の検索を行っています。
代表的な発表論文
- Ueda Y., Yanagisawa, S. (2017) Engineering nitrogen use effciency with transcription factors, in Engineering Nitrogen Utilization in Crop Plants, (eds.), Springer Science+Business Media LLC, in press.
- Kurai, T., Wakayama, M., Abiko, T., Yanagisawa, S., Aoki, N., Ohsugi, R. (2011) Introduction of ZmDof1 gene into rice enhances carbon and nitrogen assimilation under low nitrogen condition, Plant Biotechnol. J. 9: 826–837.
- Yanagisawa S, Akiyama A, Kisaka H, Uchimiya H, Miwa T. (2004) Metabolic engineering with Dof1 transcription factor in plants: Improved nitrogen assimilation and growth under low nitrogen conditions. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 7833-7838. [Abstract]
- Yanagisawa, S. (2000) Dof1 and Dof2 transcription factors are associated with expression of multiple genes involved in carbon metabolism in maize. Plant J. 21: 281-288. [Abstract]
関連記事
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- GM Plants Could Lessen Need for Nitrogen Fertilizer. Scientific American, May 11, 2004.
- 柳澤修一 (2004) 少ない窒素肥料で生育可能な作物の創出方法. ブレインテクノニュース 105: 37-41.
- Yanagisawa, S. (2004) Improved nitrogen assimilation using transcription factors. ISB News Report, September issue, 1-4. [Full Text]
- Yanagisawa, S. (2004) Dof domain proteins: Plant-specific transcription factors associated with diverse phenomena unique to plants. Plant Cell Physiol. 45: 386-391. [Abstract]
- Yanagisawa, S. (2002) The Dof family of plant transcription factors. Trends Plant Sci. 7: 555-560. [Abstract]
- フィールド環境での栄養応答ネットワークによる生長制御モデルのプロトタイプ構築
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/1111090/15665411.html